竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』がおもしろかった。

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人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』の竹田人造さんによる新作が発表されたので読んだのだけれど、おもしろかったので全人類が読むべきだと思います。

ちなみに、4章からなる本作の最初の1章は無料公開されている。これはつまり、冒頭25%を無料で読むことができるということである(進次郎構文)。いきなり2310円払うのはちょっと、と思った人は、まずは無料公開された部分を読んでみよう。あるいは柞刈湯葉氏による販促noteもあるので、先に他の人の感想が読みたいという人はそちらを参照すると良いと思う。

 

以下感想。多少のネタバレが含まれるので、気にする人は注意してください。

 

本作は前作と同様、AIが発展した近未来を舞台とした犯罪小説になっている。前作はAIを騙して現金を盗み出す泥棒のお話だったけれど、今作はAIを騙して無罪を盗み出す弁護士のお話である。主人公である機島雄弁の弁護方針は裁判官AIを騙して無罪を勝ち取るというものであり、ハッカー弁護士、あるいは法廷の魔術師を自称している。倫理や正義感というものとは無縁に、AI法廷に最適化された法廷戦術を駆使する彼の振る舞いは痛快だ。

この作者の魅力の一つは、なんといっても癖の強いキャラクター達による掛け合いだろう。皮肉やジョークを織り交ぜた会話は読んでいて心地よい。登場人物はおおむねみんな性格が悪いのだが、それぞれに違った背景や性格を持っていて、思い思いの方法で口の悪さを競っている。それが陰湿な印象を与えず、むしろコメディ的なおもしろさになっているのは、やはり会話のテンポや言葉選びの妙なのだろうか。

また、法廷ものということで、裁判所での論戦や取調室での被疑者とのやり取りが多く、ともすれば地味な絵柄になりがちなのだけれど、それを地味に思わせない演出の巧みさも、作者の才能を感じさせる。例えば1章では、法廷において3次元モデルを用いた物理シミュレーションによる犯行の再現実験が行われる(そして、それこそが裁判における最大の争点になる)し、2章では裁判の証拠集めのために相手方当事者のサーバールームに忍び込むシーンがある*1。このように、意識して各章に映像的な見せ場が用意されているように思う。

本作は4章からなり、各章で1つの事件が扱われる一方で、それらを通じて登場人物の過去にも関連する大きなストーリーが語られるという連作短編形式になっている。機島雄弁の過去やAI法廷の成立経緯にも関する大きなストーリーであり、終盤のスリリングさは圧巻だった。本作ではAIをはじめ物理演算を使用した仮想世界(いわゆるメタバースとか)、脳波で動く義肢といった近未来の技術が扱われ、それらがストーリーの重要な部分を占める。その意味で紛うこと無くSFであるのだが、それ以上に登場人物の魅力やストーリーの起伏といった小説的というかエンタメ的なおもしろさが際立つ作品だと思う。(この点は前作についても同じである。)なので、SFファンだけでなく、全人類におすすめできる作品である。

イーロン・マスクでも鹿鳴館キリコでもない庶民の身としては2310円という値段は正直どうかと思うのだが、映画のチケット+ポップコーン+ドリンクくらいの値段と考えれば、本書を買う価値は十二分にあると思う。まだ踏ん切りがつかない人は、ひとまず無料の試し読みを読んで見るのをおすすめする。

 

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*1:忍び込むというと語弊があるかもしれないが、正確に表現しようとすると説明が難しくなるので、あえてこう書く。