カジュアルに絶縁してカジュアルに復縁したら良いじゃん。

b.hatena.ne.jp

家族と絶縁するというのはいうほど簡単にできるものではない。

特に本人が未成年とかで、家族の他に頼れる人がおらず、また一人で生きるだけの生活基盤を持っていなければ、親族との絶縁は実質的に緩慢な自殺になる場合もある。だから、親族間のトラブルについて常に絶縁するのが最善策だとは思わない。*1

とは言うものの、成人して仕事を持っている子どもとその親の対立のような、お互いが独立した生活基盤を持っている、あるいは持とうと思えば持てる状況であるならば、距離を取るというのはトラブルを避ける有効な手段だろう。

一般論として、他人の性格を変えるのは難しいし、自分が変わるのも難しい。性格的にどうやっても相容れない人というのはいるし、何らかの精神疾患が疑われるレベルで攻撃的な性格の人というのもいる。話し合いで解決できるならそのほうが良いのかもしれないが、話し合うためにはまず殴られないだけの距離を取る必要があるだろう。

増田にはたまに虐待被害者と思しき人の手記が投稿される。そういうのを読むと強く感じるのが、親子は愛情で強く結ばれているものだ、あるいは結ばれるべきだ、というような強い執着である。ひどい虐待を受けていると思しき投稿者が、働き始めてからも虐待してきた親の生活費を援助していたりする。そういう歪な関係を自覚していない増田を読むと、まるでサイコパスの手記を読んでいるかのような恐怖を感じる。(よく知らないが、そういう心理自体が虐待に対する防衛反応や後遺症なのかもしれない。そうであれば本当に気の毒だと思う。)

だから、そういう増田を読むと、逃げ出したら良いのにって思う。一緒にいて辛いんだったら距離を取れば良い。別にいきなり絶縁宣言してすべての連絡を断つ必要はなくて、自分が息苦しくないところまで距離を取れば良い。逃げると追ってくる相手の場合は適度な距離が保てなくて、捕まるか絶縁するかの2択になるかもしれないけれど、まぁそのときは絶縁したら良い。

冒頭の増田は絶縁したことを後悔しているようだ。もちろん嫌な親族と絶縁したからと言って問題がすべて解決して大団円になるわけではないだろう。ある親族と絶縁したことで切りたくなかった縁まで切ってしまうこともあるだろう。そうだとしても、距離を取りたい、取るべきだと思った相手とは距離を取るべきだと僕は思う。

いったん距離を取って冷静になった後で、また連絡を取りたいと思ったなら連絡を取ればいい。顔を合わせるといがみ合いになるような関係でも、文通なら意外と良好な関係が築けるかもしれない。それでもダメなら絶縁しても別に良いと思う。そもそも、数十年も生きていれば、かつての親友や恋人でさえ、まったく連絡を取らなくなることはよくある。互いに選んで永遠の愛を誓った夫婦ですらしばしばのちに離婚するのに、どうして神様が勝手に決めた親子の縁だけがそんなに特別なんだ? 合わないなら縁を切ったっていいんじゃないか?

それに、絶縁したって相手が死ぬわけではない。距離と時間をおけば、いつかは連絡を取る気になるかもしれない。10年か20年も経てば相手が物理的に(生物的に?)弱って脅威ではなくなるかもしれない。そうなってから、気が向くなら連絡を取ればいいし、もしそうしたいなら和解したらよい。別に和解しなくても良いと思うけど、和解したいなら和解してもよいだろう。あるいは生きてる間には会う気にならなくても、相手が死んだら墓参りぐらいはしようという気になるかもしれない。相手のことなんかどうでもよくなって、思い出すこともなくなるかもしれない。

それで良いんじゃないの。

*1:なお、本人が未成年なら諦めろと言いたいわけではない。あきらめずに生き延びる手段を探してほしい。例えば虐待などがある場合、行政の保護が受けられると思うので、役所などを頼ってほしい。身体に危険が迫っているなら警察を頼ることも必要だろう。

ミュシャってファインアートなの?

b.hatena.ne.jp

上記の記事に僕は以下のブコメを付けた。

Akech_ergo まぁでもミュシャって広告のイラストで名を挙げた人なので、ファインアートかポップアートかでいえば明らかに後者だよね。

 

ブコメを付けたあとに、「ミュシャがポップアートよりって本当か?」と思ってAIに聞いたら、ちょっとおもしろかったので紹介。*1

ちなみに聞いたのはClaudeのSonnet 4.6、

 

Q.ファインアートとポップアートって何が違うの?

ファインアートとポップアート

(Claudeの回答)(下線による強調は筆者)

ファインアートとポップアートは、目的・素材・思想において大きく異なります。


ファインアート(Fine Art)

純粋に美的・知的・感情的な表現を目的とした芸術で、実用性を持ちません。絵画、彫刻、版画、素描などが代表的な形式です。

主な特徴:

  • 個人の内面や哲学、感情の表現を重視
  • 高い技術と長年の修練が求められる
  • ルネサンス以来の「高尚な芸術」という伝統的概念に基づく
  • ギャラリーや美術館での展示が主な発表の場
  • 作家性・独自性が強く評価される

ポップアート(Pop Art)

1950〜60年代にアメリカ・イギリスで生まれた現代美術の潮流で、大衆文化・消費社会・マスメディアをテーマにします。

主な特徴:

  • 広告、漫画、商品パッケージなど日常的なイメージを使
  • 「高尚な芸術」と「大衆文化」の境界を意図的に崩す
  • アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンスタイン、リチャード・ハミルトンらが代表
  • 大量生産・複製を肯定的に取り入れる
  • 社会や消費文化への批評・皮肉を含むことが多い

比較まとめ

観点 ファインアート ポップアート
目的 純粋な美的・精神的表現 大衆文化の引用と批評
素材・モチーフ 伝統的・抽象的 広告・漫画・日用品
スタンス エリート・専門家向け 大衆に開かれている
複製に対する態度 唯一無二性を重視 複製・量産を肯定
時代背景 ルネサンス以来の長い歴史 1950〜60年代〜現在

ポップアート自体は現在では「ファインアート」の一ジャンルとして美術史に位置づけられており、両者の関係は対立というよりファインアートの枠組みをポップアートが内側から問い直した、という見方が適切です。

ファインアートは純粋に美的な表現を目的とした芸術で実用性を持たない、という説明は僕の従来の理解と重なるもので、興味深かった。一方で、ポップアートについては僕の理解はどうも誤っていた。僕は映画ポスターとか商品のパッケージとかに描かれるような、商業的な意図を持って描かれた絵画がポップアートだと認識していたのだが、正しくは、大衆文化・消費社会・マスメディア "をテーマに" した作品をいうらしい。

まぁ言われてみれば、アンディ・ウォーホルの作品は広告そのものではなくて、それをモチーフにした美術作品であった。大衆文化を美術の文脈から捉え直すのがポップアートということのようだ。

さて、それを踏まえての今回のメイン質問である。

 

Q.ミュシャはファインアートとポップアートのどちらに近いの?

(Claudeの回答)(下線による強調は筆者)

ミュシャの分類:ファインアートとポップアートの間

結論から言うと、ミュシャはファインアート寄りに分類されますが、非常に興味深い位置にいる作家です。---

ファインアートとみなせる理由

  • アール・ヌーヴォーの巨匠として美術史に確固たる位置を占めている
  • 装飾的な美しさの追求、線・色彩・構図に高度な技術と芸術的意図がある
  • 晩年の大作《スラヴ叙事詩》は純粋なファインアートとして制作された
  • ギャラリーや美術館で「芸術作品」として展示・評価されている

ポップアートに近いとも言える理由

  • 仕事の多くは商業ポスター・広告(サラ・ベルナールの舞台ポスター、ビスケットや煙草の広告など)
  • 大衆に向けて大量印刷・複製されることを前提としていた
  • 日常的・商業的なメディアを通じて広く流通した

まとめ

ミュシャは**「商業芸術をファインアートの領域まで高めた」作家と言えます。ポップアートが「高尚な芸術を大衆文化に引き下げた」のとは逆に、ミュシャは「商業的な仕事に純粋芸術の質を持ち込んだ」という点で、むしろポップアートとは逆方向の越境**をした人物です。

そのためポップアート的な文脈で語られることはほとんどなく、ファインアート(アール・ヌーヴォー)の作家として分類するのが最も適切です。

ミュシャの作風自体は美的な価値を追求した芸術であるから、ファインアートに分類されるそうだ。その作品は広告などにも多く起用されたわけだが、それはファインアートを商業的に利用するという方向であって、ポップアート(大衆文化を美術的に捉え直す)とは逆向きの越境であった、という説明には蒙を啓かれた。*2

 

ということで、「ミュシャはファインアート」というのが結論である。

ちなみに僕は堺市のアルフォンス・ミュシャ館に2度行ったことがある程度にはミュシャは好きである。女性のイラストが多くて、描かれている女性自体も美しいのだけれど、身につけている装飾品とか絵の枠とかの装飾が繊細できれいだなと思う。

 

おまけ。じゃあ村上隆とか草間彌生はどっちなの?

村上隆と草間彌生の分類

この二人は非常に面白いケースで、どちらもファインアートとポップアートの境界を意図的に攪乱している作家です。---

村上隆:ポップアート寄り

村上隆はほぼポップアートに分類して差し支えありません。

理由:

  • 自ら「スーパーフラット」という概念を提唱し、日本のアニメ・漫画・オタク文化をファインアートに取り込んだ
  • ルイ・ヴィトンなどのブランドとのコラボレーションを積極的に行い、商業とアートの境界を意図的に消した
  • ウォーホルの「工場」に倣い、カイカイキキという会社組織で作品を大量生産する手法をとる
  • 消費文化・大衆文化への批評と愛情が作品の核にある

ミュシャとは逆に「ファインアートの文脈の中にポップカルチャーを持ち込んだ」作家であり、現代ポップアートの代表格と言えます。


草間彌生:ファインアート寄り(ただし独自の立場)

草間彌生はファインアートに分類されますが、どのジャンルにも収まりきらない独自の存在です。

理由:

  • 作品の出発点は強迫的な幻覚体験という極めて内面的・個人的なもので、大衆文化の引用ではない
  • 水玉・無限のネットなどのモチーフは商業的意図ではなく、精神的な必然から生まれた
  • 1950〜60年代のニューヨークで前衛芸術(ハプニング、インスタレーション)の先駆者として活躍
  • ただし、現在の巨大インスタレーションや商業コラボ(ルイ・ヴィトン、任天堂など)は大衆への強い開放性を持つ

比較まとめ

  村上隆 草間彌生
分類 ポップアート寄り ファインアート寄り
出発点 大衆文化・アニメへの批評と愛 内面の幻覚・強迫観念
商業との関係 積極的・戦略的に融合 後から自然に拡張
参照するもの 日本のオタク文化・消費社会 自己の精神世界
比較できる作家 ウォーホル、リキテンスタイン ジョルジア・オキーフ、ルイーズ・ブルジョワ

面白いのは、村上隆と草間彌生がどちらもルイ・ヴィトンとコラボしているにもかかわらず、その動機と文脈がまったく異なる点です。村上にとっては思想の実践であり、草間にとっては表現の場の拡張という違いがあります。

マンガ・アニメ的な想像力を作品に取り込んでいる村上隆は「大衆文化→芸術」なので典型的なポップアート。自身の体験・思想に基づく作品作りをしている草間彌生はファインアートという整理で、先の説明と整合している。一方で、ルイ・ヴィトンとのコラボはファインアートの商業化という意味で、ミュシャと似た構造だと整理できそうだ。

 

ということで、冒頭のブコメはしれっと消しておくことにしよう。

 

chatGPTの登場以降、こういう雑談をよくAIとしているのだが、AIは(トークンを使い切るまでは)応答が早いし、(たまにとんでもないウソをつくけどだいたいにおいて)物知りだし、どんなにアホな質問をしても怒らないし、なんなら「興味深い質問です」とか「素晴らしい着眼点です」とか「鋭い指摘です」みたいにおだててくれるので実に良いやつである。

*1:なお、僕は美術に関する体系だった知識を持たないのでAIの説明が妥当なのかはわからない。識者による補足、訂正、反論は歓迎する。

*2:芸術についてきちんとした知識を持つ人にしてみたら当然の知識なのかもしれない。そうだとしたら浅学非才が恥ずかしい。

呼び名を変える意義

news.livedoor.com

東京都の青少年健全育成条例では、都は指定した出版物について18禁指定することができると定められている。

都の青少年健全育成条例で定められた「不健全な図書類(不健全図書)」は、審議会の答申を経て指定されると、18歳未満の青少年への販売などが禁じられる。

「不健全図書」の名称やめて 東京都の「発禁処分」が漫画家の"命"を断つ…作家ら改称要望 - ライブドアニュース

指定された図書は「不健全図書」と呼ばれ、18歳未満への販売が禁じられる。ただし、これは発禁処分というわけではなく、成人への販売は禁止されない。つまり、おおざっぱに言えば、成人指定されていない書籍について、内容が露骨に性的なものなどについては都が成人指定できるという制度である。「不健全図書」に指定されても(条例の効果としては)18禁になるだけなので、成人コミック等、もとから18禁の書籍はそもそも審議の対象外であると思われる。そういう事情もあってか、実際に指定される書籍にはBLマンガが多い傾向もあったようだ。

昨年、不健全図書に指定された13冊は全てがBL漫画だった。都議の一部からは「同性愛への偏見が混じっているのでは」との声も上がる。 

ボーイズラブは不健全図書か? 都から指定、ツイッターで「性犯罪者」と攻撃受ける 漫画家ら用語変更訴え:東京新聞 TOKYO Web

 

さて、先ほど不健全図書に指定されても「(条例の効果としては)18禁になるだけ」と書いた。なぜカッコ書きの注釈をつけたかというと、実際には18禁指定にとどまらない不利な取り扱いを受けているためである。すなわち、「不健全図書」に指定された作品は成人指定にとどまらず、実質的に流通しなくなってしまうという問題があるらしい。

「指定を受けた作品はAmazonでは取り扱われず、実質的な『発禁』となり、収入を断たれる漫画家が出ています」(森川さん)

「不健全図書」の名称やめて 東京都の「発禁処分」が漫画家の"命"を断つ…作家ら改称要望 - ライブドアニュース

ちなみに、Amazonは「不健全図書」指定されていない成人向け書籍は取り扱っている。(例えば快楽天コミックはAmazonで買える。)つまり、「不健全図書」指定されると、通常のアダルトコミック等よりも流通上不利になってしまうという状況のようだ。これは、行政による「不健全図書」という呼称が指定された書籍の印象を実態以上に悪化させてしまっているといって良いだろう。

そういうわけで、漫画家の森川ジョージさんなどが「不健全図書」の呼称を変更してほしいという要望書を提出している。そしてその要望を受けて、東京都が名称の変更を決定した

東京都は、いわゆる「不健全図書」の名称を変更する方針を固めた。不健全図書を巡っては、言葉のイメージによる弊害が大きいとして、日本漫画家協会の有志らが昨年、呼称変更を求める要望書を提出していた。

「不健全図書」東京都が名称変更へ 森川ジョージさん「東京は変わりました。全国に波及することを願います」 - ITmedia NEWS

これで晴れて「不健全図書」という不名誉な呼称が撤廃されることになる。なお、新名称は未定であるようだ。

一部報道では新名称を「8条の規定による図書」(8条図書)と紹介しているが、現状は「検討中」。つまり、名称を変更することは決まったものの、新名称や導入時期は決まっていない(9月2日時点)。

「不健全図書」東京都が名称変更へ 森川ジョージさん「東京は変わりました。全国に波及することを願います」 - ITmedia NEWS

「不健全図書」が「8条図書(仮称)」になったからといって何が違うのか、という見解もあるだろう。実際、呼称が変更されたからといって例えばAmazonが取り扱いを変えるかどうかはわからない。しかし、呼称の変更により「行政が不健全とみなした」という印象は和らぎ、条例の規定通り、通常の成人コミックと同様な取り扱いを受けられるようになっていくことが期待される。

ちなみに、森川さんらは今回の呼称変更に留まらず、さらなる展開も想定しているようだ。

森川さんは「今回の改称の要望はあくまで入口」だと位置付けて、条例改正も見据えて改善に向けて動く考えも持っている。

指定による不利益が生じることで、作家らを萎縮させていると森川さんは指摘する。

表現の自由が損なわれている。それは問題だと思っています」

「不健全図書」の名称やめて 東京都の「発禁処分」が漫画家の"命"を断つ…作家ら改称要望 - ライブドアニュース

 

今回の一連の流れを受けて、「習慣の力」という本の一節を思い出したので、ここに引用しておく。アメリカのゲイの権利向上を目指す団体の取り組みに関する歴史で、団体がホモフォビアに対抗するキャンペーンを始めたときのエピソードである。団体の取り組みははじめのうちは失敗が続いていたが、団体の小さな方針転換により転機が訪れた。

その後1970年代になり、アメリカ図書館協会のゲイ解放対策委員会は、もっと控えめな目標に焦点を絞ることにした。米国議会図書館に、「ゲイ・レズビアン解放運動に関わる書籍」のカテゴリーをHQ71-471(異常性行為と性犯罪)から、侮蔑的な意味を含まないものに分類しなおすよう求めることだ。

1972年、分類の見直しを求められた議会図書館は変更を認め、新たにHQ76-5(ホモセクシュアリティ・レズビアニズム・ゲイ解放運動・同性愛擁護)というカテゴリーをつくった。これはささやかな変更にすぎなかったが、その影響力には目をみはるものがあった。この新しい方針のニュースは、全国へと広がった。ゲイの権利を向上させようとする組織はこの勝利を頼りに、資金集めを始めた。それから数年のうちに、ゲイを公言する政治家が、カリフォルニア、ニューヨーク、マサチューセッツオレゴンで立候補する。彼らの多くが議会図書館の決定に励まされたと語った。

著:チャールズ・デュヒッグ、訳:渡会圭子、『習慣の力[新版]』、早川書房キンドル版なのでページ数を示せない。第4章の「小さな勝利」という節)

「図書分類カテゴリの変更」というささいな成功が、その後の運動の大きな成功の端緒になったのである。

 

今回の「不健全図書」の名称変更も、図書分類カテゴリの変更のようにより大きな運動のきっかけになるかもしれないな、と思ったので記録しておく。

今週の振り返り(2024年8月2,3週)

雑記

コミケに行った。とはいえあまりに暑そうだったので、入場列に並ぶのを避けて午後入場した。わりと快適だったのだが、完売で買えなかったものもあり。過酷さがマシな冬コミは午前入場にしようかな。

RTA in JAPANもアーカイブで見ている。アークザラッド2はニコ動で動画上げてる方が参加している。動画と違って解説が追いついてない感じもあるが、RIJのアーカイブだとライブ感があって良いかも。

 

読んだマンガ

僕のヒーローアカデミア41

最終巻一つ前。本誌では完結したらしい。
ラストバトル。様々な伏線が回収されていて熱い展開が続いている。決着までにあと1巻かかるとは思えないけど、エピローグ的なエピソードがあるのかな。
映画も見に行きたいな。

 

遊んだゲーム

うたわれるもの ~偽りの仮面~

ストーリーはクリア済で、夢幻演舞というクリア後のオマケ要素みたいなのもクリアした。トロコンまでやるならあと4つなのだが、微妙に面倒くさそうでどうしようかなみたいな。

 

うたわれるもの ロストフラグ

うたわれるものシリーズのソシャゲ。ストーリー的にはパラレルワールドというか別世界というかスピンオフというか、シリーズのキャラクタは登場するけど舞台や時系列はあんまり関係ないみたいな。
スタートダッシュ的なキャンペーンでガチャチケや石が大盤振る舞いなので、無課金だがまぁまぁキャラクターを引けた。ただ、二人の白皇や斬はまだ未履修なので知らないキャラクターも出てきている。ちょっと気になるキャラクタもいるが、下手に調べるとネタバレ踏むかも。先に二人の白皇をクリアしてしまおうかしら。

 

学園アイドルマスター

月島手毬以外は親愛度10まで。
ミッション報酬が増えるやつだけ課金してるけど、配布石やガチャチケが多いので課金しなくても遊べる気がする。
A+はまぁまぁ安定して取れるけど、S評価は取れる気がしない。スペシャルレッスンの発生と最終試験での引きが上振れしたら取れるのかな。

 

はてブした記事

dailyportalz.jp

dailyportalz.jp

dailyportalz.jp

dailyportalz.jp

我ながらDPZ好きすぎではないか。なんか経営上向いてるらしいし、頑張ってほしい。

 

togetter.comコメが品薄になっているらしい。
全国的にやや品薄なのは事実のようだけど、もうすぐ新米の収穫もあるし、生産量はあまり気味(農水省はコメ作からの転換を奨励している)らしいので仮に需要が増えているなら生産も追随して増えるだろうし、そこまで危機的な状況ではないようだ。

 

anond.hatelabo.jp

増田を読んでへぇって思ってググったのだが、中央アジアの水問題って今に始まった話ではなく、ずっと問題になってたみたいね。
一度きちんと調べてみたいかもしれない。

今週の振り返り(2024年8月1週)

雑記

日傘が良いと聞いたのでさっそく買って使ってみた。ひとまず2千円弱の安い折りたたみ傘。安いだけあって生地がゴワゴワしているし骨組みもやや頼りないが、まぁ実用上は問題なさそう。
日傘を差すと、日向を歩く場合は明らかに快適になった。ただ、横幅が広がるので人通りの多い場所では差しにくいし、帽子のほうが良いのかもなと思った。

読んだマンガ

あおのたつき

浮世と冥土の間(冥土側)にあるお稲荷で働くことになった元花魁を主人公としたお話。花街でわだかまりを持って死んだ人が冥土に行く前にお稲荷を通るため、彼らが悪霊にならないようにそのわだかまりを祓うというお仕事。(実際に祓うのは神主で、主人公はその手伝いだが)。

絵柄が独特だが主人公のあおさんは守銭奴かわいい。江戸時代の花街に関するエピソードが多く、必然的に不幸な人とろくでもない人の割合が多いが、お祓いによってわだかまりには一定の決着がつくことが多いので読後感は悪くなかった。

2巻まで読んで感想を書いているが、kindleで安くなってる6巻までは買ってみた。

表紙のあおさんは頭身が低いが、これはデフォルメのためではなく、あおさんが童女の背格好であるため。死後の姿はその人の思いを反映した姿になるのだが、あおさんは童女の姿になったようだ。名前も花魁時の名前である「濃紫」ではなく、童女のときの呼び名である「あお」を使っている。)

 

遊んだゲーム

うたわれるもの ~偽りの仮面~

とりあえずストーリーはクリア。
終盤のストーリーは細部はいろいろと納得がいかないが*1、大筋では良かった。3部作のラストに向けた助走が終わった感じだ。
クリア後の高難度ステージみたいなのが高難度で苦しんでいる。アトゥイやウルゥル・サラァナ(このネーミングはどうかと思う)といった高火力ユニットは打たれ弱いのだが、敵が硬い上に比較的敵との距離が近い状況で戦闘が始まるため、守りきれずに落ちることがしばしば。レベルを上げてステータスの高さでゴリ押したいが、このゲームレベル上げが難しいのだよな。

 

はてブした記事

togetter.com仕事帰りにスーパによると、惣菜類が残っている場合、けっこう割引されているので買ったりしていた。定価だとあまり引かれないのだが、半額の惣菜や弁当はコスパがあまりにも良いのだよね。
とはいえ、フードロスを減らすために売り切れる量しか並べないというのは良いことなのではないだろうか。

 

natrom.hatenablog.comこれ、「化学物質過敏症」そのものについてはニセ科学というか未科学というか、きちんとした根拠のある疾患ではないようなのだけれど、一方で、実際に体調が悪くなる人がいて、そういう人が洗剤などを変えると症状が収まるという例はあるらしいのだよね。つまり、何らかの症状は実在するけれど、その原因がよくわかっていない(化学物質過敏症という仮説は提出されているが、その仮説にはあまり説得力がない)という状況のようだ。

生活に支障の出るような症状がある以上、その症状を抑えることが重要だと思うので、「化学物質過敏症」は退けるにしても、ではどのような機序なのかという説明や、どうすれば良いのかという対策が明らかになれば良いなと思う。

 

www.onkyo.net

エビデンス→詳細はこちら で見れるスライド内で参照されている論文。 https://doi.org/10.6013/jbrewsocjapan1988.86.745 「おわりに」の書き出しが圧巻なのでぜひ読んでほしい。

というブコメを書いたとおりなのだが、

醸造はずぶの素人であるオーディオ,エレクトロニク
スの技術屋が,おこがましいことを書いたので間違いだ
らけであろう。ご指摘とご教示を願うものである。

とか書いてある文献を引用しなければならない時点で相当苦しいだろう。(そもそも、この文面だと査読論文ではない招待論文だと思われる。内容の正確性が担保されているのかも定かではない。)

振動を与えることで発酵等の反応の進み方が変わるということはありそうではあるけど、今のところ「変わる」ことはわかっていても「制御できる」まではいっていないようである。(ましてや、振動が音楽である必然性は無いように思われる。)

まぁ、そういうおまじないがあっても良いと思うのだが、おまじないはおまじないと呼ぶべきで、科学のフリをするべきではないなと思う。

*1:倒した敵にはとどめを刺すかせめて武装解除しておいけよとか、嘘を吐く必要のない相手に嘘を吐いて傷つけたのではとか、そっちはそっちで入れ替わりに気づけよとか。まぁ、入れ替わりに関しては、ストーリーの中で伏線が張られていたが。

今週の振り返り(2024年7月4週)

雑記

運動不足なので仕事帰りに徒歩で帰ったりするのだが、日没後であれば1時間くらい歩いてもそれほど苦ではない。汗をかいても、帰宅すればすぐにシャワーを浴びられるし。一方で、日中に外に出ると10分やそこらでとても暑い。うっかりすると熱中症になりそうな怖さがある。週末の昼間もあまり出歩く気にならない。

概念としての夏は好きなのだが、実際に夏になると引きこもりがちになってしまうな。

読んだ本

習慣の力

キンドルのセールで買った本。
タイトル通り、習慣とは何か、習慣をコントロールするにはどうすればよいかについて書かれた本。おもしろかった。
アルコール依存から脱した話、オリンピックでメダルを取った水泳選手の話、弱小アメフトチームを強豪に成長させた監督の話など、習慣の制御による個人の成功に関する話もあれば、ファブリーズを流行させたP&Gの成功やスターバックスの一大チェーン化の成功、はたまたローザ・パークスマーティン・ルーサー・キング牧師による黒人公民権運動の成功など、社会的な成功の話もあり、読み物としてもおもしろかった。
本書で語られる習慣の構造はシンプルで「きっかけ→ルーチン→報酬」という要素によって習慣が形成される。(退屈を感じると→タバコを吸い→リラックスする、とか。)このとき、報酬に対する「欲求(リラックスしたい!)」があると、その習慣は強化される。
悪い習慣を良い習慣に変える方法についても書かれている。大まかには「きっかけ、ルーチン、報酬を特定する」、「ルーチンを良いもの/無害なものに変える」というものだ。どういうときに欲求に負けて悪い習慣に手を出してしまうのか、その習慣によってどんな報酬を得ているのか、ということが明らかになると、悪いルーチンをそれと同じ報酬をもたらす良い習慣に変えることができる(らしい)。
個人の習慣を変えるには「信じること」と「仲間」が必要であること、集団の習慣を変えるには危機が有効であること(危機がないと変われないこと)といった議論もおもしろかった。
読み物としておもしろいだけでなく、役に立つ本でもあるように思う。おすすめ。

 

遊んだゲーム

うたわれるもの ~偽りの仮面~

スチームでまとめ買いした3部作の2つ目。
まだ途中だが、前作との関係とか主人公の過去とかいった謎についてはおおむね語られ、物語は終盤に向けて動き出しているという感じだろうか。懐かしいキャラクタが登場したりして、続編ならではの楽しさもある。
今回は戦闘の難易度を難しいにして遊んでいるのだが、そのためか敵の攻撃がめっちゃ痛くて、弱い味方キャラは1~2回の攻撃で倒れる。通常攻撃が範囲攻撃というケースも多く、雑に味方を突出させたり隣接して配置したりすると一瞬で倒される。歯ごたえのある難易度である。

はてブした記事 anond.hatelabo.jp

プロフィールページがあるのは知っていたが何も書いていなかった。

www.oricon.co.jp原作自体は特別好きというわけではないのだが、場面カットやPVなどを見ると大分ホラーに寄せているようで気になっている。

 

dailyportalz.jp江ノ島さんによる食レポ記事。楽しい。
山岡家って行ったことはおろか見たこともないかも。機会があれば行ってみたい。

 

dailyportalz.jp江ノ島さんによる食レポ記事その2。
食べ物のためにけっこうな長距離を移動していることが多く(このまえは九州に行っていたような)、その行動力は凄いと思う。

今週の振り返り(2024年7月3週)

雑記

5年以上使っている掃除機に、「排気清浄フィルター(ダストカップをお手入れしても吸込力が弱く感じる場合はお手入れしてください)」と書かれたパーツがあることに気づいて、外してみるとフィルターがホコリの層で覆われるくらい汚れていた。。。ホコリを除去(ブラシで大部分を除去したあと、水洗いしてよく乾かす)してみたが、吸込力が回復したのかはよくわからなかった。5年分のホコリでもそんなものか。

 

はてブした記事  www3.nhk.or.jp

www.cnn.co.jp

著名作家の存在しない絵画を書いて売っていた(売っている?)ドイツの夫婦の話。

ウォルフガング氏は、既存の絵画を偽造するのではなく、マックス・エルンスト、フェルナン・レジェ、キース・ヴァン・ドンゲン、アンドレ・ドランなど、すでに亡くなった欧州の画家たちのスタイルを巧みに模倣した数百点のオリジナル作品を制作した。

この手の贋作、贋作をつくる技術もそうだけれど、それを怪しまれずに市場に売り出すのも難しいだろう(それが著名な画家の未知の作品であれば、どういう経緯でその作品を手に入れたのか、といった来歴が尋ねられることは想像に固くない)が、その来歴もドイツらしい。

夫妻は、その絵画のコレクションはヘレン氏が祖父から相続したもので、祖父はヒトラー時代のドイツを逃れたユダヤ人の画商からそれらを買い取ったと述べていた。

戦争のドサクサで、みたいなカバーストーリーは確かに裏とりが難しいのかもしれない。

贋作と判明した絵画はどうなるのだろうか。作者や制作年代が偽られたものなのでそうした歴史的、文脈的な価値は無くなるのだろうが、プロも騙されるくらいの作品ということは、技術的には優れたものなのだろう。これまで通り展示するわけにもいかないだろうが、単に廃棄というのももったいない気がする。ブコメで言われているように、「ベルトラッキによる贋作展」みたいな企画展があったらおもしろい気がする(そういう面白がり方が美術界的に許されるのかはわからない)。

 

www.fnn.jp激辛チップスで多数の体調不良者。チップスは市販されているもので、メーカー側は今回の事件以前には食べて体調を崩した人を把握していないのだとか。

甘いとか酸っぱいとか苦いとかいった味覚と異なり、辛い食べ物ってまずいだけに留まらないダメージがある気がする(辛いもの好きな人としては、美味しいけどダメージを受ける、という方が正しいのか?)。今回の事故を受けて刺激物について法的な規制がかかるのではみたいな観測も見かけたが、辛いのが好きな人向けに辛いものを売るのは別にいいんじゃないのという気もする。急性アルコール中毒で客が死んでも、酒類の販売が規制されたりするわけでもないし。

一方で、豚レバーの生食などは規制されており、このあたりの線引ってどうやって決まっているのだろうね。